みなさんこんばんは、地図子です!
お盆休みもそろそろ終わりですが、いかがお過ごしでしたでしょうか。
今回も引き続き、世界の水紀行シリーズでトルコを巡ります。
前回はイスタンブールのことを書きましたが、今回はトロイに向かいます!
なぜなら地図子の一つの夢が、トロイの木馬を見ることだからです・・・!
トロイとは、古代ギリシア時代にトロイア戦争が起きたことで有名です。
トロイア王国とギリシャ連合軍の間で10年間激闘が繰り広げられたと言われています。
ヘレネの奪還を巡る争いで、最終的にギリシャ軍が木馬を用いて勝利しました。
↓トロイについてはハリウッド映画もあります
この話はホメロスの『イリアス』で語られ、半ば伝説だと思われていたのですが・・・
ドイツの考古学者ハインリヒ・シュリーマンが19世紀に都市の遺跡を発見したのです。
トロイの木馬を一目見たいと、イスタンブールからのバスツアーに参加しました。
はたしてトロイの木馬は見れるのか・・・れっつごー!
超重要航路、ダーダネルス海峡を渡る
イスタンブールからトロイに向かうには、バンに揺られて実に片道7時間・・・!
バンの窓からはずっと広大な丘の景色が広がっています。
地中海性気候のこの辺で育つのは、小麦、ひまわり、キャノーラ、トマト、オリーブ。
永遠に辿りつかないように思えた中、ついに橋が見えてきました!
渡るのか・・・と思いきや、余裕で通り過ぎます。
こちらは2022年に完成した1915チャナッカレ橋なのですが・・・

280トルコリラ(≒1220円)と有料で、かつ街からは離れているとのこと。
住民の方は安くて街の間を通るフェリーをいまだに愛用しているようです。
エジェアバトの街から、チャナッカレの街へと渡ります。

エジェアバトは第一次世界大戦のガリポリの戦いの戦地にもっとも近い街です。
この辺りがダーダネルス海峡で一番幅が狭く、15kmほどしかないそう。
英仏露がダーダネルス海峡を制圧することでオスマン帝国を降伏させる計画でした。
しかし、連合軍は多大な犠牲を出し、オスマン帝国が勝利。
この出来事はトルコ共和国建国につながる国民主義運動を強化したと言われています。


日本にも15kmくらいの海峡はあると思うのですが・・・
世界の超重要航路の上にあると、こんな運命が待っているんですね。
世界史をリアルに感じたい方にはとてもおすすめな場所です。
憧れのトロイの木馬・・・?
フェリーで東側の岸へ渡ると、早速トロイの木馬がお出迎え・・・?
地図子がイメージしていた木馬とは少し違います・・・
これはハリウッド映画「トロイ」を撮影したときの木馬が寄贈されたものだそう。

港からさらに車を走らせ、今度こそトロイの遺跡へ・・・!
ついに小学3年生の頃から見てみたかった、トロイの木馬にご対面です。

・・・あれ?
トロイの木馬、解体されている!?!?
ガイドさんによると、去年2023年がトルコ共和国が成立して100年の記念の年。
トルコ国内の色々な観光地がこの年に向けてアップデートされました。
トロイの木馬は、この年を終えて逆にリノベーションに入ってしまったそう。
しかもお金が足りないのか、全然計画通りでないスローペースらしい。
ガイドさんも「次にトルコに来るときは、見れるかもしれません!」とのこと。
日本から地球を半周して、イスタンブールから7時間かけたのにつらすぎる・・・
しかし、この後のトロイ遺跡のガイドはとても面白かったです!持ち直し!
トロイ遺跡近辺には9種類の異なる時代の居住があったことから解説してもらいます。

建物の造り方を通して、9つの時代の違いを判別しているそうです。
下の写真は、ここの一角だけで左と右で石の積み方が異なります。

ガイドさんによると、この辺にはシモイとスカエンデロスという二つの川があるそう。
この二つの川によって、トロイの地形がかなり変わったそうです。
一番古い時代は漁が主要産業で、二番目の時代から農業が始まったとのこと。
以前は海岸線がもっと近かったそうですが、今は見えるかどうかの距離にあります。
海岸線が離れて蚊が発生しやすくなり、人が病気にかかりやすくなったそう。
人間の歴史は地形や気候に大きな影響を受けるのだと感じました。

トロイ遺跡の中でも、異なる時代の層が見える場所も案内してもらいました。
トロイ遺跡を発掘したのはドイツ人のシュリーマンです。
第一回の発掘の際にオスマン帝国はこの場所の重要性に気付いていませんでした。
そのせいで、シュリーマンが母国に持ち帰り、行方不明になった秘宝も多いです。
また9つの層のうち、シュリーマンによって破壊されてしまった時代の層もあります。
トルコ人の技師がメインで発掘を担当するようになったのはだいぶ後になってから。
トロイ遺跡の発掘品はヨーロッパで展示されているものも多くあります。
ガイドさんは「友好な関係のために何も言わない(言えない)の」とのこと。
自分の国の歴史を、自分たちの力で掘り返すことの重要性を感じました。

最後に水に関わる遺跡も案内してもらいました。
一つは、古代ローマ時代に造られた祭壇の隣にあった井戸。
生贄を捧げるときのお清めに使われていたようです。

もう一つはローマ時代のバスです。
真ん中のパイプを通して水を流していたのではないかと伝えられています。

番外編:エフェス遺跡&シーリンジェで天を仰ぐ
今回はパムッカレやカッパドキアは行けず、イスタンブールと遺跡のみ回りました。
もう一つ訪れた遺跡がエフェス遺跡です。
こちらはイズミールまで飛行機で飛んで、ローカル電車でセルチュクまで降りました。
エフェス遺跡も世界遺産であり、巨大な闘技場や・・・

立派な図書館の遺跡が残っていました。
地図子もいつかこんな豪勢な図書館を建てたいものです。

エフェス遺跡は直射日光だったので、若干熱中症になりつつ・・・
最後の力を振り絞って、セルチュクより東にあるシーリンジェという街を訪れました。
エフェス遺跡から高いタクシーに乗って、ひたすら山の中を行くと・・・

突然かわいらしい街が現れました。
元々はギリシャ正教会の人々がひっそりと住んでいたそうです。
1923年にギリシャ・トルコ人口交換があり、住民が入れ替わっています。
地元産のワインやオリーブオイルも豊富で、優雅な感じがまるで桃源郷のようです。
街中のいたるところに、石造りの建物に合った水道が設けられていました。


シーリンジェはタクシーで来ると、値段がとても高いです・・・
実は20分おきにセルチュクとの間にミニバスが走っていて、そちらがおすすめです。
(下の地図がミニバス乗り場の位置です)
今回のトルコ水紀行はここまでになります。
トルコの遺跡からも、人々が水を使っていた痕跡を見ることができました。
古代遺跡からも井戸の跡はちゃんと発掘されるんですね。
また、ダーダネルス海峡での戦いは、トルコの地理的な位置ならではでした。
世界史の教科書で読んだことを、自分の目で見れるのはとても面白い経験です。
みなさんもトルコの遺跡を水という観点から見てみては?♡♡
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