こんばんは、地図子です!
都心でも桜が満開になりましたね♪
週末はなかなか天気が良くならなかったですが、桜には、
晴れ×満開(×週末)のタイミングに出会うために必死にさせてしまう力がありますね。
1年の中の一瞬で開き、一瞬で散る諸行無常さがまた粋です。
さて、今回は時系列の散歩紀ではなく、
1つ地図子、神田川を歩くのサイドストーリーを書こうと思います!
というのも神田川を歩くは前回全5章で無事終了したわけですが、
前回の最後に:
神田川沿い24.6km以外にもうろちょろ寄り道をしたため、
トータル50km弱、およそ72,000歩の大散歩になりました。
と書いたわけです。
確かに井の頭恩賜公園や椿山荘はうろうろしたものの、
神田川の倍近く歩くことになったきっかけは、
地図子がかなりの肩凝り・腰痛持ちなことに起因します・・・
が、その結果として神田川沿いの歴史の深みを知ることになります!
そんな不思議なご縁の地図子劇場、始まり、始まり~♪
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さて、地図子はもともとひどく肩凝りなのですが、今回
を書き、看板が全くなかった次の章で何を書こうか悩んでいた際に、
遂に腰痛まで発症したのです・・・!
これは肩凝りのように常態化するといけないと思い、
近くの整骨院に行ってみることにしました。
整骨院は以前も利用したことがあるのですが、
ここって実はコミュニティの縁の下の力持ちなんですよね。
おじいちゃんおばあちゃんはもちろん、
部活で怪我した中高生や、出産したばかりのお母さんなど
色々な人が身体の不調を訴えてやってきます。
そして不調の原因から普段の習慣、世間話など
コミュニティ内の人生の色々な情報が集まってきます!
今回担当していただいた整骨院の先生は初対面なのですが、
地図子もご多分に漏れず、どうして腰が痛いのかを色々と話すことになります。
先:本日はどうなさいましたか?
地:えーと、もともと肩凝りなのですが、今回は腰痛まで発症してしまって・・・
先:なるほど。ここ最近変わった運動などはしましたか?
地:基本的に毎日座ってばかりですね・・・
あ、でも、今神田川を井の頭恩賜公園から隅田川まで24.6km歩いてますね!
川沿いの看板を追ってるんですけど、中野区に入ったら全然看板がなくて
ウォーキングのモチベーションがガタ落ちなんですよ!(泣)
は!!
いくら整骨院の先生とはいえ、
勢い余って初対面の人に何よく分からないことを話しているんだ!
中野区に入ったら看板なくて、とか、
知らない人から言われたら冷静に何て返事すればいいんでしょう。
会話の変化球、猛スピードで後ろ向きに投げてしまった!!
と思ったら!!
あそこと高田馬場近辺は前よく洪水が起きてましたからね~。
あんまり書きたくないんじゃないですか?
!?$’#&”)#&(”!!?
このときの衝撃は言葉では書き表されません。
整骨院の先生、涼しい顔!
変化球どうやらしっかり受け止められました!
しかも、まさかの地図子より全然詳しい。
斜め上からボールが返ってキタ~~~!
地:え・・・洪水?というか、私が何の話してるのか分かるんですか・・・?
先:分かりますよ。生まれてからずっと神田川沿いに住んでいるので。
神田川沿いには今でも土嚢積んでる家ありますよ。
小さいときは氾濫すると興味深々で川を見に行ってましたね~。
え、こんな奇跡あります???
腰痛の謎を解いてもらおうと思ったら、別の謎が解けそうです。
神田川が氾濫していたときのことを昨日のことのように話されるので、
ここからは敬意を表して神田川の主と呼ばせていただきたいと思います。
(脳内イメージとしては、「僕がはにわのモデルなんだよ~」と言っている、
某生命保険のCMの中の加藤諒さん的ポジションです)
主:方南町と高田馬場近辺は人口増加でよく氾濫したんですよね。
でもあのダム造ったでしょ?それでだいぶ良くなりましたね~。
後は早稲田あたりなんてそもそも田園と茗荷(茗荷谷)しかなかったですし。
あ~~~、確かに第1章の最後に神田川取水施設・地下調節池が!
地図子、この瞬間までずっと「看板なくてつまらん」と思っていたわけですが、
ここで初めて看板がないことに意味があるかもしれないことに気付きます。
気付かなかったら第2章以降は全然違う内容になっていたことでしょう。
方南町近辺は既に歩いてしまっていたので、
これから先歩く高田馬場・早稲田近辺の洪水について
神田川の主が知っていることがあればすべて聞き出したい!
早稲田がもともと田園だったことは秋のツアーで知っていたので、
地図子、ここで少し意図的に変化球を投げてみたくなります。
「早稲田が田園だったのは聞いたことがあるんですが、
じゃあそんなに洪水が多かった高田馬場には本当に馬場があったんですかねぇ。」
地図子、興奮しすぎ!何をムキになっているんだ!!面倒くさい女!
でも気になる・・・
主:今の高田馬場駅は、台地の間を流れる神田川と妙正寺川に挟まれて
地形的に洪水が起きやすくなっているんです。
でも駅の場所がもともとの高田馬場ではありません。
本物の高田馬場は別のところにありますよ!
ぴええ~~~、やっぱりこの人は本当に神田川の主なんだ!!
神田川の主と出会えたことを、心から感謝します。
心の中で手をぶんぶんぶんぶん握手。
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ということで、
の途中で面影橋駅に到着した後、
少しルートを外れて、神田川の主に教えてもらった
リアル高田馬場
とその他関連する場所を目指すことにしたわけです。
主「地図上でも形がすぐ分かりますよ~。」
とのこと。
見てみると、
この青枠のところらしいです。
うーん・・・馬場っぽい形しているかな・・・?
何はともあれ、早稲田大学のキャンパスのすぐ横にあるので、
高田馬場駅の近くというよりは、やはりだいぶ早稲田駅寄りと言えそうです。
リアル高田馬場は何で有名かというと、
忠臣蔵の説話の1つである「高田馬場の決闘」の舞台になったそうです。
主人公の堀部安兵衛が仇討ちの前に小倉屋という酒屋で一呑みし、
走って高田馬場まで向かったとのことですが、
主「この話聞くと、
酔いながら小倉屋から高田馬場駅まで走ったのか!と思いがちですが、
本当の高田馬場は早稲田駅寄りだからちょっとしか走ってないんですよね~。」
とのことです。いつの時代も歴史は美化される(?)。
面影橋駅の方から来たため、青枠の左上の角にまず到着です。
果たして、神田川の主の言っていたとおりにリアル高田馬場はあるのでしょうか・・・
う~ん。とても工事中。
本当にここにリアル高田馬場があるのか不安になってきます・・・
と、思ったら!左下の角に縦看板を発見!
馬術練習場と書いてあるので、これはリアル高田馬場の証拠に入るのでは?
念のため、もう少し回って確認します。
四角の下の辺を歩いていると、1つ看板を発見!
戸塚囃子についての本格的な看板ですね。
ただ、本筋ではなさそうなので、右下の角に向かってずんずん歩きます・・・
そして右下の角。
お店とお店の間の角に・・・
あったー!!!
リアル高田馬場の証拠ですね!
はっきりと西早稲田が江戸時代の高田馬場跡と書いてありますね。
神田川沿いの面影橋駅の反対側の豊島区高田も存在しています。不思議!
リアル高田馬場を見つけてしまったので、
本来の目的の神田川歩きに戻ろうかと悩みつつ・・・
うーん、せっかくなのでリアル高田馬場ゆかりのところも回ろう!
急ぎ足でまずはこちら!
穴八幡神社です。
こちらも高田馬場の流鏑馬の看板があるとは、やはり馬場色が強いですね。
そしてもっと遠回りになるのですが、早稲田駅の隣を通り・・・
地下鉄早稲田駅交差点に、うおー!ありました!
何回もこの交差点は通ったことがあるはずなのに、初めて気付きました。
堀部安兵衛が仇討ちの前に寄ったとされる、小倉屋酒店です!
よくよく見ると・・・
KOKURAYAの下に分かりづらい字でsince 1678と書いてあります。
since 1678???
ヨーロッパならまだしも、日本でsince 1678と書いてあるお店は初めて見ました。
せっかくだからもっと目立たせてもいい気もしますが、センスということで。
ちなみに堀部安兵衛という日本酒も置いてあるそうです☆
同じ場所にずっと酒屋さんがあって、堀部安兵衛の戦いから、
様々な人の行きかいや、色んな時代の出来事を見守ってきたと思うと感慨深いですね。
1678年のリアル高田馬場はどんな雰囲気だったのでしょう。
最後は、神田川に戻る途中にあり、
先ほどの看板からよく載っていた水稲荷神社へ!
ちゃんとありました、堀部安兵衛の碑!
そして碑の隣には二宮金次郎像まで♪
そして水稲荷神社の中には、地図子初めて見る流鏑馬の的が置いてありました!
今でも実際に色々な行事が行われているようです。
ここまででリアル高田馬場を探す、神田川を歩くの番外編は終了です!
今回分かったことは:
②困ったときは整骨院に行くと大体何でも解決する
ですね。腰痛も無事治りました、ありがとうございます☆
ちなみに、どうして今の山手線駅高田馬場が
移動して今の場所に建てられたのかはもう少し調査したいですね!
神田川の主、そしてここまで読んでくださった皆さんありがとうございました!
皆さんも是非神田川沿いの歴史も体感してみてくださいませ♡♡